本がなくても喰っていけます (鴕鳥)

37号 月と菓子とパン

寒くなったらなったで鼻がムズムズしはじめ、体調を崩す駝鳥です。皆さまは大丈夫でしょうか。

さて、今回は初めて読む著者です。確かに新聞の広告欄で書名を見たはずなのに、奥付を見るともう何年も前に出ていた本でした。何故だろう?幻?それはさておき、まずタイトルに惹かれました。「月と菓子パン」特に「菓子パン」の部分。これは絶対に駝鳥は好きに違いない。そしてやっぱり、好きだったとニンマリしました。

日常のことが、平易な言葉で書かれている、やさしい本である。特に飲食に関する話がとても良くて、ひとり飲みをこよなく愛する者としては、うらやましかったりうなづいたり。すぐにでも、ふらりとしばらく訪ねていない店に顔を出したい気分にさせる文章でした。よく「食事を一緒に出来るか否かは、おつき合いできるか否かの根拠となり得る」という話を聞きますが、それに倣うなら、飲食の話が楽しく読める本(作者)とは、長くおつき合いが出来る、と思ったりしました。

そんな食いしんぼうの駝鳥ではありますが、この本の中では学校の古い椅子が出てくる話がいちばん好きでした。飲み食いの話はもちろん出てくるのですが、その描写も含めて、すっごくいいです。どうぞ皆さん、読んでみて下さい。

月と菓子パン (新潮文庫)
石田 千
新潮社
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36号 穂村弘『どうして書くの?穂村弘対談集』

秋なのに暑すぎます。太陽信仰者とは言えちょっとバテ気味の駝鳥です。

さて今回は駝鳥界(?)においてもっとも新作が待たれる作者のひとり、穂村弘です。そのくせ新刊じゃありません。すみません。最近はこの人はエッセイストなのでは?と思うくらい、愉快なエッセイをばんばか出していますが、最初に短歌を読んだ者としては歌人・穂村弘が大いに気になります。この対談集はその意味で大変面白く読むことができました。

まず意外だったのは女性ファンの“穂村弘”像。なんだか「ほむほむ、しょーがないなぁ、もう」みたいな?駝鳥界は煩悩や、エロにまみれた人々によって構成されているので(作者本人の意図にはかかわらず)、当然彼もそのライン上の存在ですが、それって、実は少数派?

この本、穂村弘の創作の真実がかなり色濃く出ている貴重な一冊だと思います。様々な方々と対談されていますが、中でも竹西寛子氏との話が大変興味深かったです。彼の煩悩の深さとそれに伴う「言葉≒短歌」への執念と態度とか、いつもはうまく包み隠している“本名の某”がかなりギリギリなところまで露出している気がして、ドキドキしました。

いつもの軽やかな読後感ではありませんがファンなら絶対に読むべき。短歌作品の印象ががらりと表情をかえること請け合いです。

どうして書くの?―穂村弘対談集
穂村 弘
筑摩書房
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35号 春日井健のロック短歌

猛暑です。昔は夏が得意だったはずなのに、どんどん弱くなってる気がする駝鳥です。

さて、いつもは自分勝手に本を選んでいるのですが、今回は編集長から指令が!「ロック」を感じる文学…そんなのなかなかないよ…ロックの人が書いた本、という意味なら、BJCベンジーの本、キング・オブ・ロック清志郎やチャボ、ほんとうにカッコいいものはあるけれど、それは人間が「ロック」なのであって、結局聴いてもらうしかないし。なので今回は一度登場したので悩んだのですが、独断で春日井建をもう一度取り上げました。

現代短歌と言えば寺山修司や塚本邦雄が、ロックと近い空気で語られがちですし、前者は特にミュージシャンにもファンが多いようです。しかし断然、春日井建のほうがカッコいいです(でも、塚本邦雄も好きです、念のため)。ロックは男の物だと常々感じているのですが、彼の作品からはまさにそれが漂っているのです。若い頃の、文字と文字の間から温い血が流れてくる、匂い立つような歌もいいですし、最晩年に病を得てからの、死を見据えて透き通った、易しい言葉でのそれさえ、男っぽさがにじんでいてシビれます。

短歌には古くさいとかめんどくさそうとか色々なイメージがあるとは思いますが、短い言葉とリズムで感情表現をする点、ロックに似ていると駝鳥は思ったりしてます。

春日井建歌集 (現代歌人文庫 10)
春日井 建
国文社
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34号 桜庭一樹『GOSICK』

お久しぶりです。駝鳥です。私事で長い間お休みをいただいていましたが、またよろしくお願いします。

さて、復帰初回のこの度は桜庭一樹です。直木賞作品で耳目を集めましたが、初の桜庭作品はこのシリーズでした。彼女は一貫して、強い信念を持つ戦う少女を主人公に据えているようですが(他作品を未読なので伝聞形で失礼)、それはこの作品でも踏襲されています。駝鳥はそういった読み物をあまり得意としません。むしろ積極的に苦手と言ってもいい。しかしあまり気にせず読むことができました。おそらく、西欧の架空の国が舞台であり、時代も過去のものであるという設定の妙でしょう。

探偵役の少女たちの成長譚として読むことももちろんできます(それにしては事件が悲惨で残酷だったりしますが)。ポアロばりのキメ台詞、ネロ・ウルフと見まごう安楽椅子探偵っぷり(しかもその傲慢さまでそっくり!)、そして西洋版横溝とも言える美しくもドロドロとした背景…。著者は過去の探偵小説をそうとう意識していると思います。言わば様式美をきちんと押さえている。その間に差し挟まれる戯画化された極端なキャラクターがアクセントになっています。「そういうのはちょっと…」という大人の読者にこそ、そこは目をつぶってむしろ様式美のほうを楽しんで欲しい一冊。

GOSICK  ―ゴシック― (角川文庫)
桜庭 一樹
角川書店(角川グループパブリッシング)
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27号 なんとなくな日々

気がつくともう衣更えです。冷え性だから…と言い訳しつつ実はいろいろなところを隠すために長袖が手放せないメタボ駝鳥です。

川上弘美は割とよく読んでいる作家なので、取り上げるのも、もしかして初めてではないかも…。でもエッセイを読んだのはこれが最初。日常の出来事を書いているのでも、軽妙な語り口、ちょっとトボけた文体は変わらずです。小説に登場する人たちと同様、ちょっと浮世離れした彼女の日常生活を伺い知ることができて楽しいです。驚きなのは著者が二児の母だということ。例えばふと思い立って港へ出掛け、売店で買ったビールを立ち飲みしながら半日を過ごしてしまった、というような話(本当に出てきます)を読んでも、すごく納得できるのに、息子と…と出てくるとやっぱりそこでなんとなくどぎまぎしてしまうのでした。何となく実は卵で産んで孵しました、と言われたら、あ、やっぱりと納得してしまいそうな気も…。

気のきいたエッセイを書かなくてはならないので、小説家にはなりたいけどなりたくなかった、というかなり面白いことがあとがきに書いてありましたが、いやいや、エッセイもクスっと笑わせてくれますよ。それにしても、昼間にちょろっとビールを飲んでいる様、ステキです。

なんとなくな日々 (新潮文庫)
川上 弘美
新潮社
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26号 香菜里屋ガイドブック

皆さんお花見しましたか?ここのところ毎年近所の街路樹でお花見終了の駝鳥です。

さて、今回はタイムリーなこの本です。前号でビアバーが舞台の短編集を紹介しましたが、その香菜里屋のガイドブック、やっぱり出てました!

例えば村上春樹作品に登場する料理を再現したレシピや、ムーミンママのお料理ブック、コミックに出てくるスイーツのレシピ本などに近い感じですが、そこは舞台がバー、まず看板の四種類のビールの銘柄から始まって、それが飲めるバーの紹介、そこのおススメおつまみなど、かなり実用的です。それからマスター工藤が作る創作料理の数々を、レシピに起こしています。おつまみはおまかせがいちばん、と常連が口をそろえるスゴ腕シェフとしての一面も持つマスター故、家庭で再現できるものは少ないのですが…。それでも代用品を使ってのアレンジレシピもあってかなり使えます。また第二のバーとして登場する香月のカクテルレシピも載っているのでハシゴ気分も味わえます。巻末の「香菜里屋は何処だ!」は、幻のこのバーのモデルを探し求めるマニア渾身のルポ。必読です。

一度でいい、ここのロックスタイルで飲むビールを味わいたい!と願う酒飲み狂喜の一冊。ノドが渇くこと間違いなし!

25号 花の下にて春死なむ

今年はオカシな気候です。あと少ししたら桜も咲いてしまうのではないかと気になっている駝鳥です。

さて今回はこの作品のシリーズ二作目が、「ダ・ヴィンチ」誌に紹介されていたのがきっかけで選びました。@短編集でA安楽椅子探偵ものでB探偵役がビアバーのマスターであるという三点が挙がっていたので、すぐ読みました!ただし、駝鳥個人の好みでシリーズ作品はできるだけ一作目から順に…というのがあって、これにならった訳です。現在三作が文庫化されていますが、全て読んだ後で言うと何作目から読み始めても、充分に楽しめるものでした。

駝鳥は短編作品が大好きなのですが、どうも長編のほうが作品として優れている、というような世間の風潮を感じてしまうのですね。しかしこれは比べるものではありません。実際に書いてみると、短い文章を破綻なく、その上魅力的に書くのは想像以上に難しい作業です。なので、面白い短編に出会うことはとてもラッキーなことです。

この作品、ミステリーとしての完成度も去ることながら舞台となるバーがすごくいいのです。ビール党ならずとも酒好きならば絶対、行きたくなること間違いなしです。ロックスタイルで飲む高アルコールのビール…うーん、飲んでみたい!

花の下にて春死なむ (講談社文庫)
北森 鴻
講談社
売り上げランキング: 1340

24号 幻の積ん読本

とうとう新年になりました。今回は趣向を変えて「読みたい!」と思って買ったのに、放置・熟成してしまったものを挙げてみたいと思います。 まず「脳と日本人」/松岡正剛・茂木健一郎(文藝春秋)ちなみに対談集です。ここ数年、駝鳥内茂木健一郎ブームが激しくキていたのですが、何故かこの本を購入後、憑きモノが落ちたようになり、しかも読んでいない。

脳と日本人
脳と日本人
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松岡 正剛 茂木 健一郎
文藝春秋
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次は「背教者ユリアヌス」/辻邦生(中公文庫)これは文庫三冊の長編で、その長さに挫折。駝鳥の中で著者は塩野七生と対になっていて、筆致、性別全て異なるのに、読んでいると同じ香りが漂ってくるのです。いつかゆっくり読破したい。

背教者ユリアヌス (上) (中公文庫)
辻 邦生
中央公論新社
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さて最後に「聴き飽きない人々」/菊地成孔(学習研究社)です。この人もちょっと前に狂ったようにハマったのですが手つかず…。どうも対談集はいつでも・どこからでも読めるという気安さが敗因かも。 他にも積ん読、多数あります。子供の頃は買った本を読まないなんてあり得ませんでしたが、大人になってからは、体力がないとか(笑)時間がないとかで、置いたままに。でも今はそれもいいかなと考えています。というのも「本当に必要なものにはたどりつく」が駝鳥の持論。必要ならばきっと読む日が来るはずです!

聴き飽きない人々
聴き飽きない人々
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菊地 成孔
学習研究社
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23号 地球のはぐれ方

気がつくとカレンダーの残りが少なくなっていました。もう来年のことを言っても鬼も笑わない季節ですね。

さて、今回はまた紀行文です。以前とりあげた『ウはウミウシ〜』と同様、実用的なものではありません。どうやら駝鳥は「人が何かを面白がっている様子」が大好きなようです。この本もそうで、簡単に言うとマイナーな土地や今では廃れた場所に行き、そこで何かを楽しもうというような、興味のない人には全くどうでもいいような内容です。しかもそこそこイイ大人三人で取材(?)しています。著者それぞれレポートの文章、感想、また着眼点など個性的ですが、個人的な印象としては都築氏が建造物関係、村上氏は文化的背景分析、吉本氏は飲食関係に特に強い感じがします。

面白がりはとても重要な才能だと駝鳥は考えます。これを読んで「何だよ、こんなガイド役に立たないじゃん」と思う人とは仲良くなれないです。世の中「何かの役に立つ」ものじゃないけどあったほうがイイものってたくさんあるし、意外とそういうなんだかよくわかんないものに救われたりするもんですよ、と思うわけです。

それにしても三人とも才能に充分恵まれているのにうらやましい。いや、だからこそ面白がる才能も併せ持っているのか…。

東京するめクラブ 地球のはぐれ方 (文春文庫)
村上 春樹 都築 響一 吉本 由美
文藝春秋
売り上げランキング: 84545

22号 とり散らかしておりますが

さて、今回は大変申し訳ないですが、多分新刊書店では入手困難なシロモノです。お許しを。著者の新井素子の名を見て懐かしい、と思ったあなた、中学生時代、SFしかもショート・ショートなんて読んでいましたね?

最近、N○Kドラマで筒井康隆原作の『七瀬ふたたび』が始まったり、星新一のショート・ショートドラマが放映されたりと80年代リバイバルか?と思わせるものがあります。駝鳥にとって新井素子という人は同じ流れに属しています。星新一の推薦を得て女子高生作家としてデビューしていた彼女は、やはり本好きにとっては驚きであり、また、もしかして自分も?と希望を持たせる存在でもありました。

これはその作者が高校生〜30代までの長期間にわたって書いたエッセイです。今では少々恥ずかしい文体ですが、当時、彼女の超口語体はとても新鮮でした。今でこそそんなことは普通のことだけれど、日記や手紙を書く文体そのままで、小説を書いてもいいのか!!という驚きです。

新井素子は、現在のライトノベルの系譜のハシリだと駝鳥は考えています。もし、少しでも興味を持った方はぜひ、エッセイではなく作品をどうぞ。今回はオススメというよりはノスタルジィ、ということでご勘弁を。

とり散らかしておりますが (講談社文庫)
新井 素子
講談社
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号 ウはウミウシのウ

ほんとうはこの本にする予定ではなかったのに、読んだらこれになってしまいました…流されやすい駝鳥です。

季節は夏。駝鳥はサーフィンなどたしなみますが(嘘です)、読書にはツラいシーズンですね。まじめに読んでいるつもりなのに、気がつくとぼんやり頁の上に目を落としているだけ、なんてことになりがちです。なので、同じところを何回か読んでも問題がなく(失礼か?)、字が大きく(重ねて失礼か?)、絵が描かれている、という3点で今回はこれを推します。

内容を説明すると、形が奇妙な生物をシュノーケルで観察する旅日記です。もともと紀行文好きなワタクシ、それだけでも楽しい。海の生物も好きだし、夏向きでまた嬉しい。宮田氏本人筆のイラストが、正確なんだろうけどトボけた感じでスゴくイイ味出しています。しかし、この本でいちばんの白眉は、本を開いてすぐの頁でしょう!スルっと読み逃して、『宮田さんって、ホントはすっごくイイ人なのね』と、危うくひっかかっちまうとこでした。

この本に限らず、宮田氏の本には瓢々としたオカシミがあるのですが、その底にほんの少しのブラックな気ままさが見えるのが好きです。その上これは読みやすく、ブルーブラックの文字も夏向きな感じでオススメ。

ウはウミウシのウ―シュノーケル偏愛旅行記 (白水uブックス)
宮田 珠己
白水社
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18号 本棚

本は読んでいるはずなのに、何を書いていいのやら…の駝鳥です。そんなとき衝動買いした今回の1冊。オビの「芥川賞」「直木賞」には目もくれず(笑)穂村弘とみうらじゅんで即買いです。

これは著名な方々の本棚(の一部)を取材した本です。以前穂村作品で「完璧な本棚」について妄想した文章を読んだことがあるのですが、この『本棚』に登場する人の中には、絶対、前の晩にカッコよくした人がいると駝鳥はニラんでいます。

職業柄、自分の本棚以外の棚も作るわけですが、これは露骨にその人の知識とセンスがバレてしまう。ベテラン書店員さんは、ちゃんと故あってこの本の隣にはあの本…と決めているのです。書店という人様に見てもらうため、ある程度入荷するものも決まっている、その棚でさえその人のセンスが出ちゃうのですよ。云わんや個人の棚をや。やはり個性が出るのですね。この本でも濃い人は濃〜い、洗練された人はカッコいい本棚で予想を裏切りません。装丁も美しいので、アートブックとして部屋に飾っておくのもステキかも。

では最後に駝鳥の尊敬する書店員さんの一言を。 「棚はある意味自分をさらけ出しているのと同じなのよ。それにそうじゃなきゃまた、面白くないわけよ」ひー。丸裸です。

本棚
本棚
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アスペクト
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17号 淋しいのはお前だけじゃない

今回はよく読んだので数冊の中から選びました。それであえてこれに行ってしまう…って失礼ですが、それには理由が。見つけて、買って、読んで、翌日片付けようとしてようやく気づく『淋しいのはお前だけじゃな』“〜じゃない”、じゃないのかよ!しかも“じゃな”って、じいさんかお前は!まんまとハメられたので、敬意を表して選んでみました。

短歌+短文形式の読みものです。駝鳥は短歌もわりと好きで読んだりしますが、枡野作品は何故か文章のほうが好きです。たぶん短歌からはエロの匂いがしないからだと思います(あくまでも個人の見解です)これも短文が好きでした。ヒリヒリするようなクラクラするような中高生の悶々とは絶対に違う、20代のもんもんが秀逸。夢や憧れを素直に語るには恥ずかしいけれど、かといってあまりある体力と欲望は持てあましてしまう…。ハスに構えた20代を心ゆくまで味わうにはたまらん作品です。なんだろう?80年代の音楽を聴いたときの気分(30代後半以上限定ですが…)に似ている…。あ、それからオオキトモユキ氏の絵がとてもいい。文章を読み終った後で、絵だけを追って見るのもステキです。

激しく息苦しく甘酸っぱくなりたいオトナの人にオススメの一作。

淋しいのはお前だけじゃな
枡野 浩一
集英社
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16号 ときどき意味もなくずんずん歩く

“第3回酒飲み書店員大賞”受賞作家なら、酒飲みとしては買わずにおられなかった駝鳥です。そのわりに2ヶ月ぐらい部屋で熟成させてしまいましたが…。

字面だけ見て女性だと思い込んでいたのですが(後にそういう読者が多いことを知りました)、割合早いページで『彼女がいない』とあったので、認識を改めました。でも、もし見逃していてもそれはそれで面白かったかも…というのもナチュラルにして豪快な下ネタが登場するのですが、不潔な感じがしません。いやむしろサワヤカでさえある…。別の作品の解説にありますが、かすかに椎名誠さん近辺の男の世界を感じさせます。でもあそこまで硬派ではありません。といって、バカンス的な、というのとも違う…そう、宮田さんの旅は一人旅という香りがする。しかもなんだか「どうしてここに来ちゃったかな、俺」的な困惑の匂いがして、そこが何とも可笑しい。

何を訴えるでも嘆くでもなく、あるいは青春の思索とも無関係、もちろん現地でのロマンスも(たぶん)ゼロ。なのに憑かれたように旅へ出て、そして困惑してい る宮田珠己。淡々とした文体がまたその魅力を倍増。装丁もまた良し。イイ。実にイイ。今回は勘が冴えてた駝鳥でした(寝かせたけど)

ときどき意味もなくずんずん歩く (幻冬舎文庫)
宮田 珠己
幻冬舎
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15号 タルト・タタンの夢

「ジャケ買い」というのがCDを買うときなどにありますね。今回はジャケ買い+帯買いです。

そもそも駝鳥は「食」に関する本が大好きです。料理本はあまり買わないけれど、「○○大全」系の本(○○にはビール、とかチーズとかイロイロ入ります)は、つい買ってしまいます(モチロン見るだけ…) こんな感じなので、「食」+「ミステリー」には目がありません。しかしあまりにも出会いが少ないのも事実です。海外物だと“美食探偵”ネロ・ウルフシリーズの右に出るものはないと思います。他にも見つけては読んでもみたのですが…

さて。今回はズバリ、シェフが探偵役。そしてしかも日本の作品です。結論から先に言うと、とても面白かったです。短編集のため手軽に読めます。ジャケット(装丁)のオシャレさに負けない内容です。こんなミステリーが日本作品で読めるなんて感激です。日本では重くどんよりしたものを好む傾向が読者にあるようですが(駝鳥も好物です)、「重いテーマ」+「ユーモア」というミステリーも大好きなのです。

本作は舞台がビストロということもあり、解決するのは軽めの事件ですが、このニュアンスのまま重い事件をテーマにしたものをぜひ読みたいと思う駝鳥でした。

タルト・タタンの夢 (創元クライム・クラブ)
近藤 史恵
東京創元社
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14号 エヴァーグリーン

‘08初のテーマを決めるにあたって、編集長にお伺いをたてたとき、「フォーエヴァーグリーン」と間違ってしまった駝鳥です。「フォーエヴァーヤング」と混ざってしまいました…。

さておき、いつまでもいつ読んでも楽しく読める本の存在は貴重です。そんな逸品をご紹介。

まずは『ムーンライダース詩集』(※1)学生時代、ずっとカバンに入れて持ち歩いていました。先日、実家で久しぶりにパラパラ見ましたが、なんだろう、自分をとりまいていたユルイいダメ感が漂ってきました。

続いては『春日井建歌集』(正・続)どこから読んでも温い血の匂いがして、色っぽい歌たち。しかしピリッと筋が通った男臭さが魅力。さすが三島由紀夫が歌集に賛辞を贈った人です。

春日井建歌集 (現代歌人文庫 10)
春日井 建
国文社
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歌人繋がりでいくと『にょっ記』ですか。穂村弘さんは…もう全てが好きなのですが近作ではこれですか。これは持ち歩いてないですが、脳内読書しまくりです。今後の短歌作品が待たれます。

にょっ記 (文春文庫)
にょっ記 (文春文庫)
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穂村 弘
文藝春秋
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…うーん。あまりにも多くて挙げきれていない。こんな調子で読み続けます!そして子泣きじじい化する駝鳥のカバンでありました。 ※1は、絶版のためもしかしたら入手できないかもしれません。

13号 芸術の人が好きなもの

気がつくと師走になっています。ついこのまえまで夏だったのに!モーレツなスピードで老けていく気がする駝鳥です。

今回は駝鳥界(って何だよ)では定番中の定番、澁澤龍彦です。大学時代澁澤好きを公言して憚りませんでしたが、「エロっぽい人」と認識している人が多かったです。駝鳥の中では「芸術の人」だったのですが…。

さて、この『世紀末画廊』は解説にもあるように幻想芸術をテーマに書かれたエッセイを集めたものです。若い頃に読んだ澁澤は苦く熱く、ずいぶん激しいものに思えたものですが、今回を含め自分の年齢が上になってから読むにつれ、苦味や毒っぽさがキツいものではなくてむしろ無邪気に感じられるようになりました。幻想芸術が好きだ!ということを、それこそそれだけをなんとしても伝えたくて言葉を尽しているという感じです。新刊が出るとつい買ってしまうのは、いつ読んでも彼が純粋に作品(文学でも美術でも)が好きで、どんなに素敵かを伝えようとする熱意が感じられるからでしょう。子供が夢中でひとつのことを飽きずにしつづけるのに似ています。

余談ですが、澁澤さんの著者写真って、某国際弁護士○浅氏に似てますよね?なんか納得いかない今月の一冊。

世紀末画廊 (河出文庫)
澁澤 龍彦
河出書房新社
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11号 『美しい』ってなんだろう?

毎日暑いですね。夜中まで蝉が鳴いているのを聞いて、ちょっとゾッとした鴕鳥です。そて今回は美術畑の方で森村泰昌さんです。主に他人の絵画作品の登場人物に『なる』という作品を発表されています。絵画作品のみならず女優にまで『なっ』てしまいます。その中世っぽさが独特で奇妙な味わいで、クセになります。

美術作品はさておき、氏はかなり著作も発表されています。『美術』についての、どちらかというと美学に近いものから、技法書に近い解説まで、幅広い内容です。美術作品の重なりあう幻惑的なイメージとは異なり、書籍は非常に解りやすい言葉で書かれています。論旨もブレず、明快です。今回の著作は特に、青少年向けに哲学や思想、数学などの分野のコアな部分を噛みくだいて解説しよう、というシリーズ(おそらく。鴕鳥主観)の一冊だけあって、平易な言葉で書いてあります。しかし内容はかなり本格派です。

実際の作品を挙げて、構図をふまえての鑑賞法や『美』という概念をどうとらえればいいのか、作者の思想を示しながら『自由に感じる』ことについて語ってあります。

日本人って、もっと楽しんでいいんじゃないかな〜本も音楽も美術も感じるのがいちばん楽しいと思える一冊。

「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ (よりみちパン!セ 26)
森村 泰昌
理論社
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10号 麗しき男性誌

左手が痛いです。何でだろうと思ったら本を20冊くらい片手で持ち続けたせいでした。翌々日に筋肉痛になる駝鳥です……。

今回は男性誌(というくくりは正しいのか?)の評論本です。かれこれ5年以上前、電車の中吊り広告を見たときの衝撃(笑撃かも)は今でも忘れられません。《ちょい不良オヤジ》……って。この雑誌、本気か?書店に直行ですよ。しばらくネタにして遊んだものです……男性誌のくくりは人によって異なると思いますが(書店員は男性誌、と尋ねられても信用しません)、筆者は《男性が読んでいそうな》雑誌というニュアンスで31誌を評論されております。

駝鳥的には『LEON』『日経おとなのOFF』『ヤングオート』あたりの分析がツボで笑ってしまいました。男って、いつまでもロマンを追い求めるのだなぁ(苦笑)。80年代隆盛を極めた感のある雑誌文化ですが(と、個人的には思います)、この本に採りあげられた雑誌にも、創刊当初の気概を残したものからリニューアルを繰り返しつつ踏ん張ったもの、今はもうなくなったものもあって、栄枯盛衰を感じます。『ルーエの伝言』も文藝春秋ばりに頑張ってほしいです。

……あ、でもこの本を読んでしまうと、エールに聞こえないかも……。ほんとに応援しています!

麗しき男性誌 (文春文庫)
斎藤 美奈子
文藝春秋
売り上げランキング: 72031

9号 めぐらし屋

「俺は落ち着かないぞ!」と言っていた友人が、いつの間にか家を建てていました。嘘つき。浮草ぐらしの駝鳥です。

音楽と同じで、読む本の傾向というか色相が似通ってくるな、と常日頃考えているのですが、そんな駝鳥でも新しい人を読んでみたいと思うことがあります。『めぐらし屋』(毎日新聞社)はそうして出会った1冊です。オビや雰囲気から勝手に想像していたものとはずいぶん異なった物語でしたが、最後まで途切れることなく読み終えたことに少しオドロきました。スピードも、謎解きも、波乱万丈もない平凡な日々の少し平凡ではない物語。それを読み通したことに。

この読後感は何かに似ていると思い、何だろうなぁと考えて、はた、と思い至りました。ドーナツの穴について考えたときに似ている(ふつうはそんなこと考えないですか? もしかして)。主人公の蕗子さんの淡々とした毎日が綴られていながら、その日常を描くことによって初めて別の物語の存在がだんだん浮き上がってくる。ドーナツの穴は「ドーナツ」があるときだけ存在する不思議な穴です。似ていると思いませんか?

男性が書いているとは思えない繊細な物語の造りが魅力的だと思わせて、実はとても緻密に計算された力強い職人技だと感じる1冊。

めぐらし屋
めぐらし屋
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堀江 敏幸
毎日新聞社
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7号 もしもし、運命の人ですか

手がシビれています。末端まで血が通っているのか不安になってきた駝鳥です。

さて今回は穂村弘さんです。歌人として知り、エッセイ・詩集と網羅するまで1〜2ヶ月という高密度でハマってしまいました。駝鳥ワールドの住人では、音楽界に多いボンノウ系の人たちですが、穂村さんからはそれと同じ匂い(決して香り、ではない)がします。病的なしつこさと煌めくエロ、目眩めく妄想…このイヤ〜な感じ(笑)が共通している…気がする。ちなみに知った当時氏は独身でしたが、今はご結婚されています。にもかかわらずボンノウ密度は全く変わっていません。

《「姉」マニア》《性愛ルールの統一》……など目次だけでも笑えます。ヒく人もいるかもしれないけど。世の中にはクサいけど美味い、グロいけど美しいものがありますよね?ブルーチーズとか。ダリの絵とか。ちょっとの毒が病みつきになってしまうような……。しかし待てよ。《穂村弘》なんて本名かと思うペンネームをあえてつけるなんて実は全部嘘で、ハマるのも計算通りだったりして……そしてまんまと『同じ匂い』が読者から漂ってるだけだったりして……。臭いにはならないように気をつけたい1冊。

もしもし、運命の人ですか。 (ダ・ヴィンチ・ブックス)
穂村 弘
メディアファクトリー
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6号 おんなの窓

ここのところダメ人間の駝鳥です。ゴメンなさい。どれくらいダメかというと、深夜ぼんやりTVをみていたとき、のほほんとした「ライディーン」とともに間違った時代劇コスプレのYMOを目撃し、号泣してしまうほどのダメさです。たぶん私の中の何かがプツと切れてしまったのです。なんてとこまで来てしまったんだろ……気が遠くなりました……。

さて今回はコミックです。作者はこの作品で手塚治虫文化賞をもらったそうなのですが、それもちゃんとネタになってます。所謂1コマまんがですが、誰にでも心当たりがあるようなことが描いてあるだけなのに、いちいちツボにハマります。電車では決して読んではいけません。いつバクダンが落ちてくるかわからないからです。特に、独身(現在、可)、ひとり暮らし、彼氏彼女ナシ、35才以上なら確実に笑えます。そしてイタい。可笑しい、しかし心の柔らかい部分をぐっさりヤられます……可笑しい……イタい……しかし可笑しい……もう永久運動です。

無理めな転職をしたとき、年下男にひっかかったとき、孤独なとき、収入が不安定なとき、利用されたとき……などのっぴきならない状況で読めば可笑しさ倍増!笑えます。そして泣きます……。

おんなの窓
おんなの窓
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伊藤 理佐
文藝春秋
売り上げランキング: 2455

5号 LOVE

みうらじゅん……いつから読んでいたのか徒然に思い出してみました。『見仏記』のころからだったと思っていたけど『魅惑のフェロモンレコード』も実家にあったな……いやまてよ『カリフォルニアの青いバカ』も持ってる気がする……と、記憶がねつ造されていて、意外に遡ってびっくりしました。(すべて文庫。念のため)

そういえば初めて吉祥寺を訪れたとき、路上のイベントで見かけました。着ぐるみの人→みうらじゅん→コスプレの人という3人並びに、全く違和感なかったみうらじゅん。

さて、今回の『LOVE』『PEACE』(角川文庫)はみうらじゅんエキスをかなり濃厚に味わえるんじゃないかと思います。ひとつひとつは短いけれど、そのぶん抽出されてます。入門書(何の?)としてはオススメです。『PEACE』は本家《マイブーマー》の真骨頂を味わえますし、『LOVE』は中学生男子(しかも昔で地方育ち)のボンノウと妄想を存分に味わえます。あ、ただし想像以上にエロ……いや下ネタです。混んだ電車では注意したほうがいいかも。

この2冊を読んであらためて世の中がみうらじゅんみたいな人ばかりだったら戦争は起きないんだけどな〜と思ったのですが、社会も発展しないか。でもいいと思うんですよ。それも。

LOVE (角川文庫)
LOVE (角川文庫)
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みうら じゅん
角川書店
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4号 真鶴

はじめまして。駝鳥です。タイトルをご覧になって「けしからん!」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、「本がなくては生きていけない」と言うには恥ずかしい程度の本読み、という意味合いです。ご容赦を。

さて、今回は『真鶴』です。駝鳥はこの土地を日本海側だと思い込んでいました。舞鶴と間違っていたのかもしれません。つい最近熱海まで旅したのですが、途中真鶴を通りました。そこで初めて正しい位置を知ったのでした……。この勘違いは影響を及ぼしたと思います。祭りのシーンは狐面をした人を(個人的なイメージ)、雨のシーンは低温を感じてしまう……(あくまでもイメージ)。

川上さんの作品に共通するのは、夢と現の境目が曖昧になり霞んでいるようだ、という印象です。ベールのむこうで起きた他人事、離れた視点で主人公が語っている感じ。それは同じだけど何かが違う。主人公の生きる時間は当然現在と結びついています。が、濃密に過去(≒捏造された過去)にも結びついて、憎悪と愛情が行きつ戻りつしている。この感情表現が今までとは少し違う雰囲気の原因かもしれません。

とはいえ、川上さん独特の美しくもきっぱりとした文体は健在です。装丁もまた、潔い。パッケージ、書体、表紙の絵、すべてがしっくりきます。でもまあ、真鶴は太平洋側にあるんですけども。それも含めて、見事。

真鶴 (文春文庫)
真鶴 (文春文庫)
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川上 弘美
文藝春秋
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